「榊原郷土を守る会」(田中萬年会長)が、明治27年(1894)に温泉会所が作成した絵地図を基に、榊原姓の発祥となった榊原城初代城主の榊原信濃守興経(おきつね)の塚跡碑を、津市榊原町の射山神社一ノ鳥居跡の隣に建立。8月24日(金)、除幕式が行われ、メンバー約30人が出席した。
 場所は現在、榊原幼稚園そばの水田のあぜ道となっているが、温泉に向かう古道沿いで、碑と射山神社と御神体であった貝石山は一直線に並ぶ。石碑は高さ約70センチ、幅約80センチで射山神社の境内にあった石を使った。
 奥山智喜榊原地区連合自治会長は「歴史を思い起こし榊原を元気にしたい」と話した。守る会の増田晋作さんは「塚の建設をきっかけに、榊原姓の人が榊原に集まるきっかけになってほしい」と語った。
 榊原氏は室町時代に三河の武将二木氏が南北朝時代に南朝方の守護としてこの地を守り、榊原を名乗った。再び三河に戻った一族がおり、徳川四天王と称えられた榊原康政公を輩出している。康政公の子孫は姫路城主、越後高田城主を経て幕末まで続く。
 榊原の地名は、古く伊勢神宮にご神木である榊を奉じたことから付けられたと伝えられている。